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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)423号 判決

上告人

相沢久子

上告人

渡辺庄栄

右両名代理人

楠木計夫

被上告人

神奈川管材株式会社

右代理人

藤川幸吉

主文

原判決を破棄し、第一審判決中上告人らに関する部分を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人楠木計夫の上告理由一について。

原判示によれば、本件不動産はもと第一審相被告沢田ミヨの所有であつたが、昭和三二年四月二四日、右沢田および水谷栄蔵と宮原信治との間に売買予約が締結され、即日内金を支払い、残金の支払、明渡ならびに所有権移転登記手続は予約完結のとき行なう約が成立し、右予約に基づき同日横浜地方法務局受付第一八八三〇号をもつて本件不動産について宮原信治のため売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記がされ、その後宮原は、昭和三四年一二月一五日付内容証明郵便をもつて前記沢田に対し売買予約完結の意思表示をし、これにより本件不動産の完全な所有権を取得し、さらに、被上告人は、昭和三六年六月七日宮原との間に本件不動産について、売買代金を二〇〇万円、同日内金五〇万円を支払い、同時に宮原は本件不動産の所有権を被上告人に移転し、かつ仮登記により保全された売買予約の権利を被上告人に譲渡し仮登記の附記登記手続をすること、残金は本件不動産に対する滞納処分による大蔵省差押登記の抹消と同時に被上告人より宮原に支払うこととする契約を成立させ、即日金五〇万円を支払つて本件不動産の所有権を取得し、同月八日横浜地方法務局受付第三四三六七号をもつて譲渡を原因とし被上告人名義に前示所有権移転請求権保全の仮登記に基づく所有権移転請求権移転の附記登記を経由したというのであり、そうすると、沢田は、被上告人に対し本件不動産について右所有権移転請求権移転の仮登記の附記登記に基づく所有権移転の本登記手続をする義務がある。ところで、本件不動産については、上告人相沢が沢田より横浜地方法務局昭和三三年一二月一九日受付第六四七七七号をもつて同年六月五日代物弁済を原因とする所有権取得登記を受け、ついで上告人渡辺が上告人相沢より同法務局昭和三四年一月一三日受付第一一四六号をもつて同三三年一二月二五日売買を原因とする所有権取得登記を受け、右それぞれの登記の原因である各権利移転行為がされたものであるが、右上告人らの各所有権取得登記は宮原のためにされた前示所有権移転請求権保全の仮登記後にされたものであるから、仮登記権利者である宮原が本件不動産の所有権を取得し本登記手続をするに必要な要件を具備するに至つた以上、上告人らは、それぞれ宮原に対し右本登記の目的たる権利と相容れないその権利取得およびその登記の効力を主張しえないものであつて、宮原より右仮登記によつて保全された所有権移転請求権移転の附記登記を受けた被上告人に対しても右の各効力を主張しえず、沢田が被上告人に対してすべき所有権移転の本登記手続に同意する義務がある、というにある。

しかしながら、右の原判示によれば、被上告人が宮原から譲渡を受けたのは本件不動産所有権であり、宮原の沢田に対する仮登記により保全された売買予約の権利は、宮原が沢田に対して予約完結の意思表示をしたことによりすでに消滅したものであるから、被上告人が本件不動産所有権の取得と併せて宮原から右の売買予約の権利の譲渡を受けたものとすることはできない。従つて、本件不動産について宮原より被上告人にされた前示所有権移転請求権保全の仮登記に基づく所有権移転請求権移転の附記登記は、そもそも権利の実体に符合しない登記であるといわざるをえない。もとより、所有権移転請求権保全の仮登記は、本登記の順位保全を目的としてされるものであつて、仮登記の原因である権利関係自体の公示にその日的があるのではないから、たとえば停止条件付代物弁済契約をしたのに誤つて売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記がされた場合のように、仮登記された権利関係と実体上の権利関係との間に差異があつても、その仮登記にに基づく本登記手続が適法とされる場合がないわけではない。しかし、本件の場合は右と異なり、本件附記登記によれば、宮原の沢田に対する所有権移転請求権が被上告人に移転されたというのであるから、被上告人が沢田に対する売買予約上の権利に基づき直接沢田に対し本件不動産の所有権移転を請求することができることとなり、仮登記によつて表示される権利変動の過程が実体上の権利変動の過程と異なることとなるのであり、このような仮登記に基づく本登記手続は、物権変動の過程をそのまま登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前に照らし許されないものと解するを相当とする。もし、このような登記の効力を認めるときは、実質的にはいわゆる中間省略登記である所有権移転登記が、仮登記の制度を利用することにより、所有名義人および中間者の同意なくしてこれを行なうことができる結果となり、中間省略登記手続を請求できるのは登記名義人および中間者の同意のある場合にかぎられるとする法理に反することともなる。被上告人としては、宮原名義に所有権取得登記がされたうえであらためて宮原より所有権移転登記を受けるほかはないものというべく、本件仮登記の附記登記に基づき沢田に対し本件不動産所有権移転登記手続を求めることは許されず、利害関係ある第三者たる上告人らもこれに同意すべき義務を負うものではない。しかるに、これと異なる見解のもとに、被上告人の上告人らに対する本訴請求を認容した原判決は不動産登記法の解釈、適用を誤るものであり、この点に関する論旨は理由がある。

従つて、その余の論旨について判断するまでもなく原判決を破棄し、第一審判決中上告人らに関する部分を取り消し、被上告人の上告人らに対する本訴請求を棄却する。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄)

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